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FMひらかた

≪HIRAKATAの爺の冥途の土産≫

生演奏コーナー

バックナンバー
日頃より慰問ライブをしている爺の活動報告や、
そこであったエピソードを披露するとともに、
1曲スタジオで生演奏をしていました。

1月5日≪今を思い出にしたいねん≫
1月12日≪10年後の俺に≫
1月19日≪乾杯≫
1月26日≪桃栗柿と女房と亭主≫
2月2日≪Ending Note≫
2月9日
≪らいねんもさらいねんも≫
2月16日
≪今をおもいでにしたいねん≫
2月23日
≪10年後の俺に≫
3月2日
≪さくら≫
3月9日
≪茶碗の中≫
3月16日
≪花は咲く≫
3月23日
≪桃栗柿と女房と亭主≫
10月6日≪桃栗柿と女房と亭主≫
10月13日≪33年目のメッセージ≫
10月20日
≪今を思い出にしたいねん≫
10月27日
≪茶碗の中≫
11月3日≪33年目のメッセージ≫
11月10日≪らいねんもさらいねんも≫
11月17日
≪花は咲く≫
11月24日
≪Ending Note≫
12月1日≪茶碗の中≫
12月8日≪この街≫
12月15日
≪栄光の架橋≫
12月22日≪let it be≫

 H29年3月23日の放送内容
さあ、生演奏コーナーがやってきました。

今日は、HIRAKATAの爺のファーストミニアルバム【人生とびら】から、「桃栗柿と女房と亭主」です。
【桃栗3年柿8年】
 皆さんよくご存知のことわざです。

何事においても、コツコツと、それ相応の年月をかけないと、実が結ばないという例えですよね。

その続きをご存知でしょうか?
こういうふうに続きます。
【梅はスイスイ13年、柚子の大バカ18年、林檎ニコニコ25年】と続くらしいですよ。
地方によって、年数が変わったり、果物の種類が違ったりするらしいですが、なかなか面白いものです。

実は、まだ続きます。
【桃栗3年柿8年】【梅はスイスイ13年、柚子の大バカ18年、林檎ニコニコ25年】
に続いて、こういうふうに続きます。
【女房の不作は60年】(笑)
面白いですね。
実は、まだ続きます。

HIRAKATAの爺を 絵に書いたような表現で、非常に耳が痛いですけれども、こういう風に続きます。

【亭主の不作はこれまた一生、あ〜こりゃこりゃ】(笑)

もう一度最初から行って見ましょうね。
【桃栗3年柿8年】
【梅はスイスイ13年、柚子の大バカ18年、林檎ニコニコ25年】

【女房の不作は60年】
【亭主の不作はこれまた一生、あ〜こりゃこりゃ】


あんまり面白くて、歌にしてみました。
聞いて下さい。

「桃栗柿と女房と亭主

H29年3月16日の放送内容

さあ、生演奏コーナーがやってきました。
今日は、「花は咲く」です。

平成23年3月11日の東日本大震災から、6年が過ぎました。
いまだに仮設住宅での生活を強いられて、我が家に帰られない方もおられます。
1日も早く我が家で暮らせるよう、お祈り申し上げます。
大災害から立ち直るときに、歌を歌うことで、明るさを取り戻したり、勇気を奮い立たせたりすることがあるかと思います。
もちろん、歌を歌ったところで、被災者の方の生活がすぐに楽になったわけでもないと思います。
日本の経済が上向きになったわけでもないと思います。
被災者の方の、心の傷にしても、歌で簡単に、癒えるものでもなかったと思います。
でも、歌は、暗く沈みがちな心に、小さなあかりを灯したのではないかなぁと、思います。

「よし頑張ろう!」「泣いてばかりおられへん」というような気持ちが、湧いてきたのではないでしょうか?

今日は、東北の大震災を、今一度、思い浮かべながら、ご一緒に、口ずさんで、いただけたらと思います。
花は咲く

H29年3月9日の放送内容

さあ、生演奏コーナーがやってきました。

今日は、【HIRAKATAの爺・音楽ボランティア300回達成記念コンサート】の後半に歌う曲です。
茶碗の中を演奏します。
先ほど、医療にまつわるQ&Aでは、認知症についてお話をさせていただきましたが、この【茶碗の中】、
認知症に絡んだ歌詞が出てきます。
【アメが降ろうが ヤリが降ろうが オマエがボケても オレがボケても 限りある人生 オマエと連れもって 一歩一歩 大事に歩いて いきたい】

【愛してるなんて よう言わヘンけど オマエがボケても オレがボケても 限りある人生 オマエと連れもって 一歩一歩 大事に歩いて いきたい

お聞きください。

H29年3月2日の放送内容

さあ、生演奏コーナーがやってきました。

今日は、【HIRAKATAの爺・音楽ボランティア300回達成記念コンサート】で、オープニング・一番最初に歌う曲です。
森山直太朗さんの「さくら」です。
しかも、今日は、HIRAKATAの爺のボイストレーナーでもある、ソウルソウスの中西さんに、ゲストとして来ていただいていますので、下手な爺のピアノではなく、中西先生のピアノで歌わせていただきます。
その前に、CDレコーディングの時の話をちょっとしたいと思います。

HIRAKATAの爺は、レコーディングって、まったく初めてでしたから、緊張しながら、二日間にわたって、4曲を頑張って歌いましたけれども、ちょっと笑っってしまったことがあります。

「桃栗柿と女房と亭主」というオリジナル曲ですが、銀婚式金婚式を迎えるくらいの夫婦の歌でして、まじめな歌ですけれど、ちょっと漫画チックな歌詞も結構含まれています。
それを爺は、まじめに歌っていましたが、CDプロデューサーの中西先生に言われた、助言というか指導ですけれども、「ここは、ふざけて歌いましょう」といわれ、困りました。
ふざけて歌うって、どうやって歌うの?
さっぱりわかりませんでした。

どんな歌い方か困っていた時に、先生が「植木等さん」をイメージして下さいと言われ、頑張って、天下の無責任男と言われた(ほんとは大変まじめな方ですが)、植木等さんをイメージして、歌った部分が、ごく一部ですけれども、あります。
先生に、「植木等さんのイメージ」といわれ、上手く歌え、感謝しています。
是非、HIRAKATAの爺のファーストミニアルバム【人生とびら】のCDを買っていただき、【桃栗柿と女房と亭主】を聞いていただけたらと思います。ハイ、チャッカリ宣伝させて貰いました。
MusicBattle の話になりますが、実は、あの時、中西先生を訪ねて行って「グランプリを取りたいんです」「特訓してください」ってお願いしましてね、特訓を受けました。

そのかいあって、グランプリを手にすることができました。
中西先生には、大変感謝しております。有難う御座いました。
さあ、そろそろ、中西先生に伴奏をお願いして、森山直太朗さんの「さくら」を、歌いたいと思います。
では、よろしくお願いします。

H29年2月23の放送内容

さあ、生演奏コーナーがやってきました。

今日は、HIRAKATAの爺のオリジナル曲で、「10年後の俺に」です。
この曲は、60歳の時に作りました。

つまり、60歳の時に、70歳の自分に、手紙を書いてみました。

今68ですから、あと二年で、その70歳になります。

歌詞はまず、
「生きてるか?」「元気か?」から始めていますね。
そして、リスナーの皆さんに笑われると思いますが、「♪好きな酒を飲んでるか?」っと、問いかけています。
最近では、つい先ほどの番組、枚方Material木曜のキャナリンさんが、フルマラソンを完走されましたね。
おめでとうございました。

実は、HIRAKATAの爺もフルマラソンには、10回くらい挑戦しています。
歌詞の中にも、70歳の自分に問いかけています。
「まだマラソンとかやってるか?」とね。

残念ながら、もうやっていません。
それから、こんなことも問いかけていますね。
「♪孫はできてるか?」

おそらく、70歳になって、60歳の自分に手紙を書くときは、「孫が二人できたよ」って書くかもですね。
皆さんは、自分から自分に、手紙を書いたことがありますでしょうか?


人生をまとめたい時があります。
それは、HIRAKATAの爺が、50歳になった時や、還暦60歳になった時でしたね。
なにかしら、人生の反省をしたり、人生の目標を立てたりしましたね。
聞いて下さい。
今日は、自動伴奏なしで、ピアノだけで弾き語りをします。
爺のオリジナル曲で「10年後の俺に」

H29年2月16の放送内容

さあ、生演奏コーナーがやってきました。

今日は、HIRAKATAの爺のオリジナル曲で、「今を思い出にしたいねん」です。
この曲は、64歳の時に作りました。
今68才ですから4年前ということになります。

率直に、64歳のHIRAKATAの爺が、思っていたことを歌にしましたが・・・。


頭の中に、ビートルズのある曲のタイトルだけが残っていました。
それは、
ビートルズのポール・マッカトニーが24歳の時に、40年先の自分、つまり、64歳になった自分を、歌った曲があります。

ビートルズで 「When I'm Sixty -Four」という曲です。

直訳すれば「僕が64歳になったとき」という意味になるかと思います。
歌詞の一部を読んでみます。



僕が年を取って髪の毛が薄くなったとき
ずっと先の話だけど
君はそれでもバレンタイン・デーには贈り物をして呉れるかい?

僕の誕生日にはワインでお祝いしてくれるかい?

君は暖炉のそばでセーターを編み

日曜日の朝には自転車に乗ろう

庭いじりをして雑草をぬいて・・・

これ以上の人生ってあるだろうか?

そのとき君はまだ僕のことを必要とするだろうか?

僕が64歳になっても・・・・・・

っていう歌詞なんですけれども。
この曲のアンサーソングには、なってないかもしれませんが、HIRAKATAの爺的には、若干、ビートルズのアンサーソングみたいな気は少しだけありました。

HIRAKATAの爺の「今を思い出にしたいねん」の歌詞は、
「64になりました。シミもしわもできました。頭もここまで励ました」で始まり、

「いままで数えきれない扉開けて来たけど

これからもまだまだ扉はあるやろう

でも いまの扉を開けて生きているねんや

かけがえのない いまを思い出にしたいねん・・・」

と続きます。
途中、芋焼酎も出てきます。
ラジオネームこうちゃん、
先週頂いたメールに、「爺はチョコレートよりかりんとうですか?」って頂きましたが、歌詞の中に「かりんとう」も「マシュマロ」も出てきます。
爺はチョコレートよりかりんとうが好きなんです。
聞いて下さい。
HIRAKATAの爺のミニアルバム【人生とびら】の中から、「今を思い出にしたいねん」

H29年2月9の放送内容

さあ、生演奏コーナーがやってきました。

今日は、HIRAKATAの爺のオリジナル曲で、「らいねんもさらいねんも」です。
その前に、3月26日、日曜日、メセナ枚方会館で開催の、HIRAKATAの爺の「音楽ボランティア300回達成記念コンサート」の話です。

パンフレットが、未完成ですけれども、ほぼ完成ということで、発注前のPDFファイルをTwitterにUPしています。
ご覧いただければと思います。
そして、そのコンサートのゲストとして、地元枚方を中心にで活躍しておられる「ゆうさん」「2UME」「ノロリン」のお三方を迎えてのコンサートです。
ダンスパフォーマンスもありますよ。
司会は、皆さんお馴染みの、あの「渚家栄都」師匠にお願いをしています。
もし、3月26日が空いていて、「一回、HIRAKATAの爺のコンサート、見てやろう」
って思われた方は、メールメッセージに、「チケット希望」と書き添えてください。

必要枚数も書いておいてください。
1枚かペアの2枚かを、書いておいてください。

リスナーさん用に、10枚のチケットを準備しています。
発表は、2月最終木曜日に予定しています。
さて、演奏に入りますが、
実は、このコーナー、「生演奏のコーナー」のBGMですが、今から演奏する「らいねんもさらいねんも」の伴奏を使っています。

この伴奏は、MIDIファイルと言いますが、音楽の曲を作ったりする、シーケンスソフトを使って、パソコンで、HIRAKATAの爺が、作ったものです。

HIRAKATAの爺の、ミニアルバム、「人生とびら」には入れていませんが、300回達成記念コンサートでは、生演奏するリストに挙げています。

聞いて下さい。
「らいねんもさらいねんも」。
PCやスマホで、ご覧の方は、下手な手話も見てください。

H29年2月2日の放送内容

今日は、HIRAKATAの爺のオリジナル曲で、「EndingNote」です。
その前に、先週、「茨木のまさし」さんから、38歳の誕生日を生演奏で祝ってほしいとメールをいただきましたので、お答えしようと思います。
HIRAKATAの爺の、下手な生演奏で、申し訳ありませんが、「茨木のまさしさん」こんなんで良かったら聞いて下さい。
そして「赤服のおじさん」からは、頼まれたわけではありませんが、先週の土曜日が結婚記念日で、掃除洗濯を赤服のおじさんがして、奥さん孝行するってメールをいただきましたよね。
それから、KTさんも、確か1月5日が誕生日で、HIRAKATAの爺と同じ68歳になった、ビールを飲んでますと、メールを頂いていましたよね。
「赤服のおじさん」も「KTさん」も、押し付けてスミマセン。
無理やり聞いて下さい。

【1月30日が誕生日の、茨木のまさしさん】
【1月28日が結婚記念日の、赤服のおじさんと奥様】
【1月5日に68歳になった、俳句が趣味のKTさん】

3人さんへ、HIRAKATAの爺からのお祝いの歌の、プレゼントです。
聞いて下さい。行きまーす。

いかがでしたでしょうか?
さて、今日の曲、「EndingNote」ですけれども、この曲を書いた、いきさつを聞いて下さい。
新聞のおり込みシラシに「人生をいかに終わるかという」終活、あの終活のイベントがあるので、参加して下さい、というのを見て参加してみました。
内容は、ツイッターにもUPしていますが、「遺言書の書き方」「遺影の写真を撮って頂いたり」「お葬式の見積もり」でした。極めつけは、棺の中に入ってみました。

スタッフの方に勧められて、5万円と25万円の棺に入ってみました。
それぞれ充分な寝心地で気持ち良かったです。
でも死んでから寝心地を感じれることは無いでしょうから、5万円の棺で充分だと思います。
そんな棺に中に寝てみて感じたことを歌にしてみました。
では、聴いていただきますが、今日のHIRAKATAの爺、風邪気味で、声を張り上げるとむせてしまいますので、まもなく発売されるミニアルバムCD【人生とびら】の音源から、HIRAKATAの爺、イチオシの「EndingNote」。
聞いて下さい。

H29年1月26日の放送内容

今日は、HIRAKATAの爺のオリジナル曲で、「桃栗柿と女房と亭主」という曲です。
【桃栗3年柿8年】
 皆さんよくご存知のことわざです。
何事においても、コツコツと、それ相応の年月をかけないと、実が結ばないという例えですよね。
その続きをご存知でしょうか?
こういうふうに続きます。
【梅はスイスイ13年、柚子の大バカ18年、林檎ニコニコ25年】と続くらしいですよ。
地方によって、年数が変わったり、果物の種類が違ったりするらしいですが、なかなか面白いものです。
実は、まだ続きます。
え〜〜【桃栗3年柿8年】【梅はスイスイ13年、柚子の大バカ18年、林檎ニコニコ25年】
に続いて、こういうふうに続きます。
【女房の不作は60年】(笑)
面白いですね。
今、ラジオを聞いておられて、クスッと笑われた女性の方は、思い当たるフシがあるのかもわかりませんね。
そんなことないですか。
ないですね。
リスナーの皆さんは不作じゃないと思います。
皆さん、豊作だと思います。
実は、まだ続きます。
HIRAKATAの爺を 絵に書いたような表現で、非常に耳が痛いですけれども、こういう風に続きます。
【亭主の不作はこれまた一生、あ〜こりゃこりゃ】(笑)
もう一度最初から行って見ましょうね。
え〜〜〜【桃栗3年柿8年】
【梅はスイスイ13年、柚子の大バカ18年、林檎ニコニコ25年】
【女房の不作は60年】
【亭主の不作はこれまた一生、あ〜こりゃこりゃ】
あんまり面白くて、歌にしてみました。
聞いて下さい。
「桃栗柿と女房と亭主」

H29年1月19日の放送内容

今日は、長渕剛さんの【乾杯】を弾き語りさせていただきます。
今まで、HIRAKATAの爺のオリジナル曲以外では、【ビートルズのlet it be】と【ゆずの栄光の架橋】を演奏してきましたが、オリジナル曲以外では3曲目になります。
演奏の前に、先週、時間がなくてお話しできなかった、HIRAKATAの爺の『音楽ボランティア300回達成記念コンサート』への、無料ご招待のお話です。
ご存知のように、HIRAKATAの爺、61歳から音楽ボランティアとして、各施設や団体からご依頼を受けて、慰問ライブに伺っています。
その回数が、ついに先月300回を達成できました。
その節目として、記念のコンサートを計画しました。
そのコンサートの日は、3月26日の日曜日、昼から、1時半からです。場所はメセナ枚方です。
当日のパンフレットには、製作中ですが、こういうふうに書いています。
未熟な【HIRAKATAの爺】をご利用いただいた施設や団体様を始め、応援して下さったすべての皆さま、家族や友人に、心から感謝申し上げます。
今日のプログラムは、これまでに出合った思い入れのある曲で、構成しました。
また、枚方市内で活躍されている素晴らしいアーティストの皆様にも応援演奏を頂きます。
いつものように、アットホームな時間をみなさまにお届けできたらと思います。どうぞ最後までごゆっくりお楽しみください。
と、ちょっと固いかもしれませんが、感謝の言葉を当日のパンフレットで述べています。
最初、この計画を立てた時は、不安でしたね。
果たして何人の方が来て下さるのか?
メセナ枚方の360席が、どれくらい埋まるのか?
100人かな?200人かな?って心配していました。
ど素人のHIRAKATAの爺がコンサート開いても、半分の150人くらい来ていただければ、十分かな?って思っていました。

ところが、昨年11月1日から受付を開始して、いったん11月30日に締め切った時点で、満席の360席になりました。
嬉しかったです。感謝感謝でした。

ただ、申し込みがコンサートの日の、4カ月前だったことで、忘れて来られない方がおられるかと心配していますね。
コンサートが季節の変わり目ということで、体調を崩されたり、急用ができたりして、コンサート当日に来られなくなるお客様も1割くらいは、あるかと心配もしております。

コンサートのポスターやチケットの画像をTwitterにUPしています。
お時間ありましたら、覗いてみてください。

そこで、ここからが肝心なお話になりますが、「FMリスナーさん用の招待券」を、最初から、確保していまして、これを2月のプレゼントに、させていただこうと思います。
2月に入ってから、この番組宛に、申し込みを頂こうと思っています。
これ〜、もし、希望者がおられなかったら寂しいですね〜。
HIRAKATAの爺、泣きます。
でもね、リスナーの皆さんもお忙しいと思いますし、無理にはいいですよ。
3月26日、用事がある方は、そちらの方を優先していただいて結構です。
3月26日の昼からが空いていて、HIRAKATAの爺のコンサート、どんなんか1回見てみようかって、思って頂けたら、2月に入ってから、申し込んでください。
【HIRAKATAの爺の音楽ボランティア300回達成記念コンサート】の招待券プレゼントのお知らせでした。
さて、生演奏、長渕剛さんの「乾杯」ですが、先週「ラジオネーム・KT」さんからリクエストを頂いたものです。
ただ、ひょっとしたらHIRAKATAの爺の大きな勘違いかなっ?とも思っています。
どんな勘違いかって?
KTさん、ホンマは長渕剛さんのCDをリクエストされて、HIRAKATAの爺の演奏のリクエストで、なかったのでは?
ホンマはどっちかなって?気になっています。
聞いて下さい。【乾杯】です。

H29年1月12日の放送内容
今日は、HIRAKATAの爺のオリジナル曲「10年後の俺に」を演奏させていただきます。
さて、「10年後の俺に」ですが、作ったのは還暦の60歳だったと思います。
皆さんは、自分から自分へ手紙を書いたことは、有りますでしょうか?
爺は、60歳の時に、70歳の爺に、手紙を書いてみました。それを歌にしてみました。
今、爺は68歳ですが、先週5日に、石清水八幡宮にお参りをしたときに、「昭和23年は古希の70歳」と説明書きがありました。そうなんですね。数えでは、70歳の古希ということなんですね。まあ、どちらにしろ、約70歳のHIRAKATAの爺です。
HIRAKATAの爺、何を言いたいかと言いますと、還暦に「10年後の俺に」を作って、今年は、その10年後の、古希になるということです。
この歌は、実は、10年前のHIRAKATAの爺が、10年後のHIRAKATAの爺に、手紙を書いたんですね。

そしてそれを歌にしたというわけです。
手紙の内容ですが

「生きてるか?元気か?好きな酒を飲んでるか?」
「10年後の俺に手紙を書いてます」
「生きてるか?元気か?まだマラソンとかやってるか?」
「10年後の俺はヨボヨボでも走ってるか?」
「速いとか勝ち負けじゃのうて のんびりでええやん!」
「前を向いて一歩ずつ走ってろよ!」
「生きてるか?元気か?すきな歌を歌ってるか?」
「10年後の俺も ボブディランとか歌ってるか?」
「生きてるか?元気か?好きなBeatlesを歌ってるか?」
「10年後の俺も 下手なピアノで歌ってるか?」
「上手いとか下手じゃのうて 間違うてもええやん!」
「心のままに あるがままに 歌ってろよ!」

「夢を見て夢に向かって夢をつないで生きてきた!」
「幾つになっても 夢は 持ってろよ!」
「そして 風の中を フワフワリ フワリ」
「陽だまりの中で キラリ 生きてろよ!」

「生きてるか?元気か?孫はできてるか?」
「10年後の俺に手紙を書いてます」
「生きてるか?元気か?それからそれから」
「それから女房を大事にしてろよ!」


問いかけをしていますね。
そして70歳の爺にエールを送っています。
聞いて下さい。10年後の俺に。

H29年1月5日の放送内容

今日は、HIRAKATAの爺のオリジナル曲「今を思い出にしたいねん」を演奏させていただきます。
その前に、この年末年始の話を、ちょっと、させていただきます。
HIRAKATAの爺、毎年毎年、同じですけれども、朝昼晩と規則正しく、お酒を頂きました(笑)。
「酒飲みの話か〜い」
「はいそうで〜す」
「まあ聞いて下さい」
朝は、「金粉の入った日本酒」を、大みそかと正月の3が日、規則正しくいただきました。(笑)
「お酒の瓶の中の、金粉をおちょこに入れるんがね、けっこう、難しいんですよ」
昼は、先月でしたか、ラジオネーム美山のリンちゃんに紹介していただいた、ゴマ焼酎、【紅乙女】を、三日間、飲みました。
美味しかったです。
美山のリンちゃん、有難うございました。
飲んだ後に、ゴマの香りが鼻の奥に、ツ〜んといい香りがします。
爺のお気に入りの焼酎になりました。
ありがとうござました。
正月の3が日のお昼の酒は「胡麻焼酎・紅乙女」を頂きました。
そして、夜は、昨年のMUSIC BATTLEのグランプリを頂いたときに、友人からプレゼントしてくれた「麦焼酎・山猿」を頂きました。
はい、正月用にストックして置いたんですよ。
確か宮崎県の麦焼酎です。
最初ロックで、あとは水割りにしました。
口に含みますと、しっかりとした麦の甘みが広がり、麦風味が、鼻に抜けていきます。
うまかったですねぇ。
それで、飲み足らず、合間合間には、これまた頂き物の『獺祭』を飲んでいました。
獺祭と言えば、山口県産の日本酒。
安倍首相が、アメリカ大統領のオバマさんや、ロシアのプーチン大統領にプレゼントした「獺祭」。
あっさりした甘口でして、大変飲みやすいですね。
日本酒を普段飲まれない方にも、お薦めかと思います。
次から次と、お酒の瓶が空になった、お正月でした。
(笑)
はい、スミマセン、ただのノミスケのお酒の話でした。
さあ、生演奏をさせていただきます。
この曲は、64歳のときに作りましたが、今は、68歳になり、ドンドン年をとって、シミもシワも出来て、頭もここまでハゲてきました。
人は、年老いた人生を【第二の人生】と言われるのを、よく耳にします。
でも、HIRAKATAの爺は決してそうは思いません。
60歳なら60歳、80なら80、100歳なら100歳に、生きているその時そのときが、大切な大切な、第一の人生やと思っています。
そしてHIRAKATAの爺が、もしあの世に行く時が来たら、背中に大きなリュックを背負います。
そしてそのリュックの中に、何を詰めるか?
HIRAKATAの爺の大好きな芋焼酎をまず詰めます。
これも、冥途の土産の1つになんです。
そして、二番目には、このFMひらかたでの、番組そのものを、リュックに詰めたいなぁって思います。
今日も、HIRAKATAの爺は朝から大切な思い出作りに生きています。
聞いてください。
「今を思い出にしたいねん」

H28年12月22日の放送内容
さあ、生演奏コーナーがやってきました。

今日は、MIDIファイルのお話です。
MIDIファイルってなに?
あまり聞きなれないかと思います。

HIRAKATAの爺の演奏スタイルは、ご覧の通りキーボードの弾き語りですが、このキーボードの伴奏は、およそ7割くらいは最初からこのキーボードの中に設定をしています。
どういうことか?

HIRAKATAの爺は、音楽以外に、結構パソコンも大好きです。
この大好きなパソコンで、伴奏を作っています。
MusicBattle応募曲も、まず、メロディーを作って、その作ったメロディに、ドラムやベースなど、だいたい5つ6つの楽器パートをパソコンで、打ち込んで作ります。
多いときは16パート全部打ち込むこともあります。
こうして出来上がったデータファイルを、MIDIファイルと言いますが、このMIDIファイルに合わせて、キーボードをピアノの音で弾いています。

50歳になって、ヤマハの、お父さんのピアノ教室へ通って初めたピアノですが、こういうMIDIファイルを使ったスタイルでないと、結構きついものがあります。

しかし、今日は、このMIDIファイルなしで、生演奏をしようとしています。

大変危険を犯そうとしています。
普段からミスをしますが、ミスタッチそのままミスとして聞こえてしまいます。
2つ3つミスをすると思いますが、そこは、カンニンです。
よろしくお願いします。

では、今日の生演奏は、ビートルズの「let it be」。
関西弁バージョンです。

12月15日の放送内容
さあ、生演奏コーナーがやってきました。

HIRAKATAの爺は、先ほどT-SITEで、クリスマスコンサートを終えてきたばっかりです。

7階のフロア、ほとんど、りそな銀行さんなんですね。
リソナホールというスペースがあって、お客さんが、20名ほど、来ていただきまして、ありがとうございました。

クリスマスですから、当然、「赤鼻のトナカイ」や「きよしこの夜」を皆さんと歌ってきました。
そして、意外かもしれませんが「里の秋」を歌いました。

この歌は、戦争が終わった昭和20年の12月24日のクリスマスイブの日に、NHKがラジオから流した曲なんですね。
3番の歌詞に、「♪さよならさよならヤシの島」ってありますが、南方で戦争を終えて、日本に帰って来る復員兵の方が、ヤシの島にさよならをしているんですね。

この復員兵の方が乗った引揚船が、12月24日のクリスマスイブの日に、神奈川県浦賀港に帰って来られたんですね。
この日に合わせてNHKがラジオで「里の秋」流しました。

1番の歌詞にあります「♪栗の実煮てます囲炉裏端」は、お母さんと娘さんが、
「お父さん、どうぞ無事に帰ってきてください」
「どうぞ生きて帰ってきてください」と、祈っているでしょうね。
3番の歌詞にも、「♪ああ父さんよご無事でと今夜も母さんと祈ります」とあります。
この里の秋、とっても深い意味があるんですね。
リソナホールでは、スライドで歌詞を写しながら、皆さんと歌ってきました。


そのほかに、歌ったのは「中島みゆきさんの糸」、「フォークデュオ吉田山田の日々」や「ゆずの曲」を歌いました。

今日の生演奏は、ゆずの「栄光の架橋」を演奏させていただきます。

ところで、
今年の漢字に選ばれた「金」。
リオオリンピックの金メダルラッシュや前の東京都知事の政治とカネに絡む問題、
ピコ太郎さんの金色の衣装などが理由に挙がりました。

リスナーさんから、質問いただきましたが、
HIRAKATAの爺の個人的な漢字は、「一」です。
最も画数の少ない、数字の一です。
なんでか?

理由は、HIRAKATAの爺の今年は、やはりMUSICバトルでのグランプリ受賞でした。
HIRAKATAの爺の人生で「一等賞」なんてなかったです。
生きてきた、この68年間、一等賞は何もありませんでした。
スポーツでも勉強でも、一等賞なんてありませんでした。
それが今年、68歳にして、MUSICバトルでの一等賞!
だから、その「1」一を選びました。

ただ、こんなことはありましたね。
小学校の時ですが、夏休みが終わったら「黒んぼ大賞」が発表されて、賞状をもらったことがあります。
小学1年生から6年生まで6年連続で、黒んぼ大賞の賞状を頂きました。
でも、クラスで2・3人選ばれていまして、純粋な1等賞ではないですね。
しかも、夏休みで日焼けしての黒んぼ大賞ではなく、HIRAKATAの爺の場合、元々、肌の色が黒い地黒でしたからね。
嬉しくはなかったですね。
ちなみに、学校でクラスの写真を撮ることがありますが、写真を見て、自分がどの辺に写っているか、人に説明するときは楽でしたよ。
「一番黒い生徒探して。それが僕です」ってね。

12月8日の放送内容
HIRAKATAの爺のオリジナル曲を生演奏したいと思います。

その前に、リスナーの皆さん!もうご存ですか?
すごいニュースですね。
爺は、読売新聞のネット版を見ましたが、なんと、【ふるさと納税、返礼はFMひらかたで熱唱権!】。
なんと、FMひらかたで、歌えるという、FMひらかたはネット配信していますから、インターネット環境がある全世界へあなたの歌声が届くということですよね。
一度ふるさと納税、要チェックですよ。

それから、今週の火曜日、「オアシス長寿デイサービスセンター」での音楽ボランティアがありました。
今回は、「枚方フラワーズ」という「フラダンスグループ」との、コラボでした。

最後は、施設利用者さんと一緒にフラダンスを踊る場面もあり、超〜盛り上がりました。
HIRAKATAの爺のキーボード弾き語りで、フラダンスグループの「枚方フラワーズ」の方と、施設利用者さん、そこのスタッフさんも、一緒に踊っていただき、笑顔が絶えませんでした。

そして、もう一つ、爺からのお知らせがあります。

この時期、いろんな場所でクリスマスイベントがありますが、来週の15日木曜日、夕方5:30。
枚方T-SITE 7Fの、りそなホールで、クリスマスコンサートがあります。
確か8階がレストランだったと思いますが、その下、7F、りそな銀行がありますよね。
そこのホールです。

実は、りそな銀行主催・枚方市文化国際財団の協賛で行われる、「HIRAKATAの爺によるコンサート」です。

リスナーの皆さん、来週の15日は、枚方T-SITEへ足を運んでみませんか?

夕方5時半から、7Fの、りそなホールで、クリスマスのオープンコンサートがあります。

そしてそのあとは、コーヒータイムなどされて、ここFMひらかた、駅中スタジオに足を運んでいただけたら、嬉しいです。
そして駅スタでも、生のHIRAKATAの爺の演奏を、聞いていただきたいと思います。
さて、今日の生演奏曲は、枚方の街を歌った「この街」という曲です。

くしくも、今日のマヨッペさんの番組「街角バードビュ」で、今週の鳥を紹介していましたが、「ゆりかもめ」。
HIRAKATAの爺は天の川でよく見かける鳥です。

この「ゆりかもめ」や、カワセミ。枚方市の木、柳。
また「淀川」や「国見山」などを、曲の中におり込んでいます。
聞いて下さい。「この街」

12月1日の放送内容

今週の火曜日は、「しらかばホール」での音楽ボランティアでした。
このしらかばホールには、もう、20回くらい、音楽ボランティアに伺っています。

もし、HIRAKATAの爺が、要支援要介護が必要になりお世話になるとしたら、こんな施設がいいなぁって思ってますよ。
FMひらかたのTwitterに、このしらかばホールでの、画像をUPしています。

画像は、「大変気さくな施設長とVサイン」「サンタさんと2ショット」「しらかばホールのHP」と、「楽しそうなレクレーションがいっぱいの行事表」をUPしています。
さて、先週、ラジオネーム、ジョニーさんから頂いた、爺のオリジナル曲へのリクエストにお答えしようと思います。
ジョニーさんから「確か茶碗の中という曲がありましたね、リクエストします」ってメッセージを頂いていました。

「茶碗の中」ちゃんとあります。
皆さんは、愛してるって言葉、日常使っておられますか?
ご主人は奥様に。
奥様はご主人に。
いかがでしょうか?

いきなり、HIRAKATAの爺、何聞くね〜ん!
ね〜〜〜。聞かれても、そうそう、スッと答えられませんよね。
・・・・
この曲の、最後の方は、手話を取り入れています。
もし、インターネットで、PCやスマホで、ラジオを見ていただいている方は、HIRAKATAの爺の手話も見ていただいたらと思います。
そして手話に対しても、ご意見など頂けたら嬉しいです。
聞いて下さい。茶碗の中

11月24日の放送内容

 この1週間の音楽ボランティアは、まず津田元町にある「ベストファミリーデイサービス」さまで、秋の歌や、HIRAKATAの爺のオリジナル曲などを、施設の皆さんと、楽しく歌ってきました。
この施設のお名前「ベストファミリー」というだけあって、ほんまに皆さん家族のようでしたよ。
演奏する曲と曲の間には、MCを爺が入れますが、そのMCに、ドンドン絡んで下さいます。
施設のスタッフさんも利用者さんも、ホンマに家族のように、好きなこと言い放題、ホンマに暖かい素敵なデイサービスの施設だと感じました。

それから今日は、「はなまるデイサービス 交北」で、皆さんと楽しく歌わせてもらいました。
はなまるの皆さ〜〜ん、聴いてますか?
先ほどは、ありがとうございました。
楽しかったで〜す。
このハナマルさんの施設も、素晴らしい施設で、ハナマルさんの1か月の行事表を見ればなんと、イベントがぎっしり!そして、このハナマルさんのブログを一回見てください。
なんと楽しそうなこと。
芸達者なスタッフさんぞろいで、利用者さんも幸せだろうなぁって感じました。

さて、今日の曲は、「ベストファミリーデイサービス」さんや「はなまるデイサービス交北」さんで歌い、「OB会」でも演奏した曲です。
レコーディングほやほやの【エンディングノート】です。

この曲は、ちょうど一年前の新聞の折り込みチラシに、あるセレモニーホールが、【人生をいかに終わるかという、終活】。
その終活イベントをするので参加して下さい、というチラシを見つけました。
そしてそのイベントに、参加をしました。
くらわんこも来ていて、和やかな雰囲気の中で、行われていました。
そのイベントでは、お葬式の見積もりをとったり、仮の遺言書を書いてみたり、遺影の写真を撮って頂いたりしました。

そして、極めつけは、【5万円と25万円の棺です】。
二つが並べてあって、スタッフの方から、「棺に入ってみませんか?」と勧められて、躊躇しましたが、両方とも、入ってみました。
さすが25万円、寝心地が良かったですね。
でも、どうせすぐに燃やすもの、5万円でいいなって思いました。
5万円の棺も寝心地は申し分なかったですよ。
そんな棺の中に寝てみて、棺の中で、思ったことを歌にしてみました。
聞いてください 【エンディングノート】

11月17日の放送内容
さあ、生演奏コーナーです。
先週番組の中でお話をさせていただきましたが、12日の土曜日、ラポールひらかたで「枚方社協ふくしフェスティバル」がありました。
赤い羽根共同募金のキャラクター、希望君と愛ちゃんも、来ていて、HIRAKATAの爺も一緒に写真を撮ってもらいました。
FMひらかたのTwitterに、あげましたので、覗いてみてください。
さあ、そのラポールの外の円形広場で、皆さんと一緒に歌った歌を、生演奏したいと思いますが・・・。
今週月曜日でしたか、ニュージーランドで地震がありました。
日本でも、あちらこちらで震災があります。
ついこの間は、鳥取県。
そして4月には、熊本で地震がありました。
そして、H23年3月の東日本大震災から、5年半になります。
皆さんよくご存じだと思いますが、FMひらかたの周波数は77.9MHz。
そして、東北宮城県のFMいわぬまも、同じ77.9の周波数、ということもあって、枚方と岩沼が結ばれた番組、【エリア779】が、毎週金曜日【ひらかたCOUNT DOWN TOP30】の中で、夕方5時過ぎに、宮城県岩沼市と二元生中継されています。
それから、【週刊★東北だより】は、今月は毎週水曜日に放送されていますが・・・。
東日本大震災の後に、生まれた歌、「花は咲く」を、東北のことを頭に浮かべながら、歌いたいと思います。
ラジオをお聞きのリスナーさんも、震災のことを思い浮かべながら、ご一緒に口ずさんでいただけたら、嬉しいです。
【花は咲く】

11月10日の放送内容

さあ、生演奏コーナーです。
このコーナーは、HIRAKATAの爺が、地域の老人会やデイサービスなどへ慰問ライブに行ったときの模様を、お届けしたいと思います。
そしてそこで歌ったHIRAKATAの爺のオリジナル曲を生演奏したいと思います。
この1週間の音楽ボランティアは、「さだ東小学校での高齢者とのつどい」で秋の歌や、HIRAKATAの爺のオリジナル曲などを歌ってきましたが、来賓の方にびっくりしました。
衆議院議員の佐藤ゆかりさんや平野博文さん、枚方市長や府会議員さんなど、すごいメンバーでした。
音楽ボランティア始めて、こんなすごいメンバーは初めてでした。
それから昨日は、山田池東町の集会所でいきいきサロンの皆さんと楽しく歌わせてもらいました。
山田池東町の皆さ〜〜ん、聴いてますか?昨日はありがとうございました。
楽しかったで〜す。
そこでも、お話ししましたが、小さい秋見つけたという歌があります。
小さい秋見つけた
最初に、この歌のエピソードを、お話ししたいと思います。
この「小さい秋見つけた」という歌は、サトウハチローさんが作詞をされていますが、
サトウハチローさんの、お父さんは青森県生まれ、お母さんは宮城県生まれなんですね。
そして、その青森県と宮城県の間、岩手県に【サトウハチロー記念館】というのが、あります。
この記念館には、サトウハチローさんの書斎が復元されてあり、「小さい秋見つけた」の♬♪お部屋は北向き曇りのガラス♬♪の、窓がちゃんとあります。
この「小さい秋見つけた」の歌がヒットしたときに、テレビでは、秋の山々の紅葉を映し出すときの、BGMには、「ちいさい秋みつけた」が使われたそうです。
でも、サトウハチローさんは、残念そうだったそうです。
なんでか?
【小さい秋見つけた】は、山全体が紅葉している秋でなく、サトウハチローさんの家の小さな庭にしのびよる秋だったんですね。
だから、サトウハチロウさんは、こうおっしゃっています。
「違うんだ。それじゃあ『でっかい秋みつけた』なんだ」と、言われたそうです。
因みに、昭和37年12月、第四回日本レコード大賞童謡賞を獲得します。
さて生演奏です。先週、ラジオネーム・ヨッチャンから「私は【らいねんもさらいねんも】の曲の大ファンです」と頂きました。
その、「らいねんもさらいねんも」の曲を演奏しますが、
普段、この曲を演奏する時は、こういうMCをします。
このMCから聞いて下さい。
今の若者達にとって、歌は、音楽は、生活から切り離すことの出来ない大事なものになっていると思います。
でも、年老いた我々でも、80歳になっても100歳になっても、音楽が大好きで、歌が大好きなんです。
【涙を流しながら聞いていただいたり、嬉しそうににっこり笑って一緒に歌って頂いたり】。
いろいろな場所で慰問ライブをさせていただいている中で、心に強く感じます。
ある老人ホームで、耳の聞こえないお婆ちゃんでしたが、HIRAKATAの爺の演奏が始まると、ニッコリ笑って、嬉しそうに、聞いてくださいました。
耳が聞こえないのに・・・、きっと、目で聞いて下さっているのかな?って思いました。
その施設を出るときに、『来年もその笑顔見せてや』『再来年もその笑顔見せてや』っと、話しをさせていただき、さようならを、しました。
その、耳の聞こえないお婆ちゃんの、笑顔が忘れられずに、この歌を作りました。
この歌の2コーラス目の途中からは、キーボード演奏を止めて、アカペラになり、手話が入ります。
パソコンやスマホで、このラジオを聞いて下さっている方、見てくださっている方は、下手ですけれども、HIRAKATAの爺の手話も見ていただけたらと思います。
では、聞いて下さい、HIRAKATAの爺のオリジナル曲で、「らいねんもさらいねんも」。

11月3日の放送内容

さあ、生演奏コーナーです。
キーボード持って来ていません。
なんでか?
それは、HIRAKATAの爺、生まれて初めての一大イベントがありました。
それは、CDのレコーディングです。
【MUSIC BATTLE・10代目グランプリ】の副賞として頂いた【枚方・T-SITEでのCD委託販売権】のための、CDレコーディングでした。
そのお話をさせていただきます。
まず、借りたスタジオは、【studio246 OSAKA】です。
あの円広志が経営するってことで有名らしいです。
借りた時間は朝の10時から夜の10時までの12時間でした。
初体験の爺が、びっくりしたことがあります。
その1。
爺が思っていたのは、この12時間のうち、ランチと夕食にそれぞれ1時間くらいは使うんだろうなと思っていたら、とんでもなかったですね。
ちゃんとした食事はなかったですね。
おにぎり1個とサンドイッチ1個でした。
スタッフさんの頭の中は、レコーディングでキ〜〜ンと張り詰めた12時間だったんですね。
爺だけがなんか、ノーテンキでしたね。
それからびっくりしたことその2
業界用語といいますか、レコーディング用語といいますか、チンプンカンプンでした。
たとえば「ここはパンチインで行きますね」とか言われても、さっぱりわかりませんでした。
「部分的に録音すること」らしいですけれどね。
特に、ミキサーエンジニアさんやCDプロヂューサーさん同志の話は、外国に行っているみたいでしたね。
HIRAKATAの爺にはさっぱりわかりませんでした。
それから、スタジオ内に、立派なソファーが2つありましたが、「朝のうち、こんなりっぱなソファーいらんやろ」って思ってましたが、「夕方からは、このソファーのありがたみが解りましたね。
このソファーにもたれることでリラックスできて、10時間12時間の疲れやストレスが解消されているんだなぁ」思いましたね。
結局、朝8時に家を出て、帰ってきたのは、真夜中の24時過ぎてました。
大変な1日でしたが、ワクワクのHIRAKATAの爺の、血液の中は、アドレナリンでいっぱいでした。
レコーディングは4曲で、タイトルは【今を思い出にしたいねんや】【33年目のメッセージ】【桃栗柿と女房と亭主】。
そして、時間がなくて次回に回したのが【EndingNote】です。
その中から、【33年目のメッセージ】という曲を、聞いていただこうと思います。
実はまだ完成したわけではありませんが、9割くらい完成した段階の【33年目のメッセージ】ですが、9割完成でも、HIRAKATAの爺は十分満足している、完成度の高いクオリティの高いデータに仕上がっています。
この曲のデータファイルを持ってきましたので、ぜひ聞いてみてください。
HIRAKATAの爺のオリジナルです。
【33年目のメッセージ】
如何でしょうか?曲の感想など、ご意見を頂けたら嬉しいです。
メッセージ待ってます。
このレコーディング内容は、画像も含めて、HIRAKATAの爺のHPに掲載しています。
興味を持っていただけた方は、チェックしてみてください。
CD販売はお正月くらいでしょうか。歳を開けてからになります。

10月27日の放送内容
今日のHIRAKATAの爺は、【枚方市立総合福祉センター】での【ロビーコンサート】。
15曲くらいでしたでしょうか。皆さんと一緒に、大きな声で楽しく元気に歌ってきました。その会場でも、お話をさせていただきましたが、【作詞】三木露風【作曲】山田耕筰の【赤とんぼ】の唄のお話です。
まず一番の歌詞ですが、「♪夕焼け小焼けの赤とんぼ♪負われてみたのは」ですよね。
何気なく口ずさみますが、この「オワレタ」は、赤とんぼに追っかけられたわけでも、赤とんぼを追っかけたわけでも、ないですね。
子供の頃「姐ねえや」の背中に背負われていた頃を思い出しているんですね。
それから、三番ですが、「♪十五で姐やは 嫁に行き」ですが、ここでいう「姐(ネエヤ)」とは、一番の歌詞の中でも、子供を背中に背負っている「姐」ですが、この「姐」とは、昔の日本では家事全般を面倒見る「女中さん」という名称で呼ばれ、地方の県から出てきた女性たちでした。
殆んどが小学校や中学校を卒業したばかりの、「女の子」だったらしいですね。
そして、雇われた家で、おんぶして寝かしつけたりする子守りなどをしていて、その家ではその女性を「姐」と呼んだいたらしいですね。
そして、「♪お里の便りも、絶えはてた」
これは、この「姐」も結婚することになり、15歳でお嫁に行くことになったのですね。
お嫁にいってその家には、姐やが、いなくなったために、両親からの「お里からの便りが、その家には来なくなったこと」を「♪絶え果てた」と歌ったのですね。
こんど、赤とんぼを口ずさむときに、思い出して頂けたらと思います。
ところで、この歌に出てくる「桑の実」、ご存知でしょうか?
♪山の畑で桑の実を♪
HIRAKATAの爺は、福井県出身でして、子供のころには、この「桑の実」たくさんたくさん食べていましたね。
桑畑が実家にありまして、学校帰りにその畑に行って、たらふく食べてました。
この桑の木は、実家が「かいこさん」を育ててまして、そのかいこさんのエサでしたね。
はい、繭をつくるかいこさんです。
さて、今日の生演奏は「茶碗の中」ですけれども。
リスナーの皆さんは、「愛してる」って、ご主人に、奥様に、おっしゃっておられますか?
突然、HIRAKATAの爺、何聞くねん?ってところですけども。
HIRAKATAの爺は、なかなか言えないもんですね。
皆さんは如何でしょうか?聞かれたからってそうそう答えられるもんでもないかもですね。
HIRAKATAの爺は慰問ライブ会場でも、お聞きします。
いろいろな返事が返ってきますけれども。
毎日言うてるで。照れくさくて言えへんがな。
「もうあの世に行っておらんがな!」って返ってきたりします。
でも、そんな時こそ、生前は照れくさくて言えなかったかも分かりませんが、面と向かって、言えなかったかもしれませんが、お仏壇に向かって、あるいは夜空に向かって、「愛してるよ」っておっしゃってみてはいかがでしょうか。
「愛してるって、そうそう言えるもんやないよ」っていう歌です。
聞いてください。

HIRAKATAの爺のオリジナル曲です。「茶碗の中」

10月20日の放送内容
 この1週間で、HIRAKATAの爺は、【山之上校区社会福祉委員会のいきいきサロン会食会のイベント】【枚方老人保健施設のぞみ】【介護老人保健施設 なごみの里】様の3か所からご依頼を受けて慰問ライブに行ってきましたが、皆さん、歌が大好きなんですね。HIRAKATAの爺と一緒に、大きな声で歌っていただきました。特に「山之上公民館」では、100名を超す皆さんと歌わせていただきましたが、部屋が割れんばかりでした。
さて、HIRAKATAの爺が今週、伺った時に、皆さんと楽しく大きな声で元気良く、一緒に歌った[故郷の空]のお話です。
♪夕空晴れて秋風吹き♪
ご存知でしょうか?この【故郷の空】の原曲は、スコットランドの曲です。スコットランドでは「ライ麦畑で出逢うとき」という題名だったんですね。
詩の内容は、【誰かと誰かがライ麦畑で出逢うとき、二人はきっとキスをするだろう。何も嘆くことはない。誰でも恋はするものだから】という内容なんだそうですね。
このように、本来の歌詞は、『麦畑でイチャイチャしている』という歌だったらしく、スコットランドでは、あまり評判が良くなかったらしいです。
この曲が日本に渡ってきて、大和田建樹(おおわだたけき)さんは、この歌の元の歌詞をご存じなかったのでしょう。それで、全く違う歌詞をつけられたんですね。【麦畑でイチャイチャする】という歌詞が、日本では「♪夕空はれて、秋風ふき つきかげ落ちて、鈴虫鳴く♪」素晴らしい歌詞に変化をしました。「故郷の空」というタイトルになって明治以後、大正・昭和と教育的な唱歌として歌われてきたんですね。
1970年になって、これをさらに発展させたのが、なかにし礼さんの作詞でいかりや長介とザ・ドリフターズが歌った「誰かさんと誰かさん」です。しかし、これが世に出た時は、「冒涜的な替え歌」という批判がたくさん出たらしいです。
確かに、「♪思えば遠し、故郷の空 ああ、わが父母、いかにおわす♪」でしたからね。これを「♪誰かさんと誰かさんが麦畑、チュッチュ、チュッチュしている♪」ですもんね。非難されたのも解りますね。でも、このザ・ドリフターズの歌が、一番、元歌の雰囲気を、だしていると思いますね。そして大ヒットでしたよね。
そして、麦畑を舞台とした歌詞であることから、1990年には、オヨネーズの『麦畑』のイントロにも、この曲のメロディーが使われました。
さあ、生演奏と行きましょう。HIRAKATAの爺のオリジナル曲です。

【今を思い出にしたいねんや】
聞いてください。

10月13日の放送内容
 今日は、特別養護老人ホーム様に、元気に大きな声で、歌っていただきました。その中から「證誠寺の狸囃子」のお話をします。皆さんご存じでしょうか?この証城寺、千葉県木更津市に実際にあります。まず【證誠寺の狸囃子】の昔話ですけれども。
ある月夜の番に、たくさんの狸が、證誠寺の境内に出てきて、お腹を叩いて大騒ぎをする。お坊さんも、つられて狸たちと楽しく踊り出す。という話ですよね。
でも、その狸たちのボスである大狸がお腹を叩き過ぎて、お腹を破って死んでしまいます。本当なんですよ。ちゃんとした証拠に、この證誠寺の境内に、ボスタヌキのお墓が、あります。このボスタヌキ、ちゃんとした名前も付いていまして【上総守 証和大明神・かずさのかみ しょうわだいみょうじん】と言います。奥さんもちゃんといまして、茨木県の鹿島神宮の近くの白浜というところから嫁いでいます。名前は【月の宮 白浜姫・つきのみや しらはまひめ】。

そして一人娘がいます。名前が【かずさ御前】といいます。
この【かずさ御前】が、嫁いだ先が、北海道札幌市中央区の、狸小路商店街の「本陣狸大明神社」に嫁いだんですね。お婿さんの名前は【本陣狸大明神】。

二人の間に子供が生まれ、長女「鶴の宮 藻里豊姫(つるのみや もりとひめ)」は登別に嫁ぎ、次女の「真狸」≪真のタヌキ≫は、四国は愛媛県松山市の「狸平」【狸のタイラ】さんに嫁ぎます。この【狸平】さんのお母さん「お袖」は、愛媛県松山市役所の前に【八股榎大明神】に、お父さんは、【松山市上野町の大宮八幡神社おおみやはちまん】に住んでいた狸なんですよ。この真狸ちゃんと狸平さんが、結婚したのが松山市のデパートなんですね。2001年2月です。その証拠が松山市の【大街道商店街】に、真狸ちゃんと狸平さんの置物が、ちゃんと残っています。先ほどの札幌の【狸小路商店街】と松山市の【大街道商店街】は、ちゃんと姉妹提携を結んでおられます。

というところで、生演奏と行きましょう。
HIRAKATAの爺のオリジナル曲で、

【48年目のメッセージ】

聞いてください。

10月6日の放送内容
【御殿響いきいきサロンひばりの会】さまで、約15曲を皆さんと一緒に歌いましたが、一番大きな声で歌っていただけたのが、『リンゴの歌』でした。

戦争が終わった昭和20年の8月から、たった二か月後で、できた映画、【そよ風】という映画の中で歌われ大ヒットをしました。
皆さんそよ風という映画は、ご存じなくても、この並木路子さんの【リンゴの唄】は、どなたもよくご存じでした。

戦争で心身共に傷を負った多くの人びとを癒した名曲ですね。会場では、戦時中を思い出されたのでしょうか?涙をながされている方もおられました。

因みに、この【リンゴの唄】の日があります。ご存知でしょうか?もうすぐなんですよ。来週です。10月11日なんですよ。10月11日が『リンゴの唄の日』なんです。

その10月11日の前の日、10月10日はHIRAKATAの爺の誕生日です。どうでもいいですよね。スミマセン。

ついでに、もう1日前の日は何の日か?10月9日は、HIRAKATAの爺の大好きな、ジョンレノンの誕生日です。

整理します。10月9日はジョンレノン、10月10日はHIRAKATAの爺、10月11日はリンゴの唄の日となっています。

 さあ、生演奏と行きたいと思います。曲は、HIRAKATAの爺のオリジナルで、【桃栗柿と女房と亭主】です。タイトルに桃と栗と柿を入れていますが、
【桃栗3年柿8年】 皆さんよくご存知のことわざです。何事においても、コツコツと、それ相応の年月をかけないと、実が結ばないという例えですよね。その続きをご存知でしょうか?こういうふうに続きます。

【桃栗3年柿8年】に続いて、
【梅はスイスイ13年、柚子の大バカ18年、林檎ニコニコ25年】と続くらしいですよ。地方によって果物が違ったり年数が違ったりするらしいですが、実は、まだ続きます。こうゆうふうに続きます。
【桃栗3年柿8年】【梅はスイスイ13年、柚子の大バカ18年、林檎ニコニコ25年】に続いて

【女房の不作は60年】・・・おもしろいですね。
ラジオを聞いていて、笑ったあなた、思い当る節がおありじゃないですか?
そんなことないですね。皆さんは不作じゃないと思います。豊作だと思います。

実は、まだ続きます。
HIRAKATAの爺を 絵に書いたような表現で、非常に耳が痛いですけれども、こういう風に続きます。【亭主の不作はこれまた一生、あ〜こりゃこりゃ】
あんまりおもしろくて、歌にしてみました。
HIRAKATAの爺のオリジナル曲です。

聞いてください。【桃栗柿と女房と亭主】

ライン

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